僕も一応、高校球児だった。(2年生の秋まで)
中途半端になってしまったのは、最初が全て。
「高校に入ったら(硬式)野球部に入らない。遊びたいし、坊主だし。」と思っていたが、仲の良かった友人からの誘いがあり、なんとなく入ったのだ。
優柔不断だった僕が悪いのだが、そのモチベーションが尾を引いて、結果として甘酸っぱくもほろ苦い思い出になった。
このように、坊主が嫌で野球部を選択しない人は少なくないはず。
その中にはとてつもない才能の持ち主がいるかもしれない。
甲子園には坊主頭の高校球児が似合うけれど、それって “ 慣れ ” かなとも思う。
今回が第100回目の大会のようだが、そのほとんどが丸刈りの高校球児で彩られているゆえ。
ここはひとつ、この節目に、髪型に個性を持たせてもいいのではないか。
実際、高野連は丸刈りを推奨しているわけではない。そういう規定もない。
つまり暗黙の了解、空気の問題なのだ。
「爽やかじゃない」
そういう意見もありそうだが、外見は内面の鏡とは限らないし、それが坊主である必要はない。
坊主姿により「高校球児たるもの」を演出するのは良くない。
本人の意思により丸刈りにするのは全く問題ない。
要は、これまでの当たり前は、もはや当たり前ではなく、選択をできるような空気にしてあげた方がいいって話。