昨年の8月に母が脳梗塞で倒れたのだが、その治療とリハビリ(途中の骨折含む)を経て、先日、11月3日に退院し、同居生活が始まった。
この日をひっくり返すと、僕が岩手にご縁をいただいたきっかけの日になり、数年前の11月3日は、妻の実家に初めて挨拶をしに行った日(楽天が日本一になった日)で、こじ付けではあるが、転機となる数字のようだ。
兎にも角にも、まずは、同居を了承してくれた妻に最大限の感謝をしたい。
義理の母とはいえ、平たく言えば他人である。
しかも身体が不自由。
その他人と、若いうちから、同じ屋根の下で暮らすことへの見えない葛藤は、きっとあったに違いない。
もし万が一、妻の大切な誰かの面倒を、妻がみなくてはいけない状況になったら、その時は僕が全力でサポートする。
家族や親戚、友人や仕事仲間というのは、そういうお互い様で絆を深めるものだと今回の一連で思った。
かくいう僕の綺麗事を抜きにした本音は、「仕事もプライベートも母の憂いなくもっと楽しみたかった」である。
こんなにも早く親の面倒をみることになるとは思ってもみなかった。
そもそも、もう片方の親がここにいないことも想定外。
でも、なってしまったものは仕方ない。
逆境こそ、反骨こそ我が人生!
「無いものねだりをするのではなく、有るものをどう生かすか」がモットーのひとつだし、斯くなる上は、以前の暮らしよりも楽しくしてやる。
伊藤家2.0、始動である。
ではここで一曲お聴きください。
ペギー葉山で『ケ・セラ・セラ』