文明は川の近くで誕生する。池ではない。

 

川には流れがあるから濁りにくい。それがない池は濁りやすい。

 

でも川は溺れやすく、池はそこまでじゃない。

 

という前置きをしつつ、僕は川が好きである。海も。

 

生きている45年間のうち半分以上はその近くに住んでいる。川は間近もあり、海の間近にも住んでみたい。

 

それと関係があるのかないのか、波風を立てない穏やかな人生を送りたいと思いながらも流れや波を求めている。

 

話を変える。例え話。

 

ローカルな喫茶店とスタバ、どっちをテナントに入れたいか?

 

僕が商業施設のオーナーなら後者である。

 

理想は前者だけど、商業施設を繁盛させないことには意味がない。

 

よそ者を誘致する=お客様が流れることを前提にしているからそれができない。戦わずして負けている。理想に縛られ、撒き餌として考えられない。

 

結果、競争と相乗効果が起き、周辺が潤えばいい。

 

連想して、お山の大将ニーズを拝見するとモヤモヤする。何をやるかではなく誰がやるか的な物事とも言える。

 

あと、イベント等に、出したい人ではなく出てもらえる人を出すような妥協、とは言えない怠慢、あるいは馴れ合いが常態化している感じもなんだかな〜

 

これらは他のところで暮らしたとて、その地域にも必ずあることだし、それらに囚われない流動性を自分でつくるしかない。と、最近強めに思っている。

 

以上、僕の矛盾と生きづらさでした。

 

では、ここで1曲お聴きください。

井上陽水で『リバーサイドホテル』

 

 

〝川沿いリバーサイド〟っていう歌詞、冷たいアイスコーヒーみたいだよね。

 

『少年時代』の〝風あざみ〟という言葉もないらしい。

 

そういうところ含め、陽水は天才だ。

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