先日、おばあちゃんが他界をした。
品のあるおばあちゃんで、若い頃は女優のようだったと母から聞くが、よくわかる。
これで血筋的に〝祖〟が付く親戚がいなくなった。
と、気づいた時に「ありがたい」と思った。祖先がいなければ僕もいないわけで。
生きることがたま〜に面倒臭くなるが、何を贅沢なこと言ってるんだ!って話。繋いでくれた命を大切に燃やさねば。
あと、お葬式ってなんだろう?と、参列する前に思った。
私のお墓の前で泣かないでください
そこに私はいません
眠ってなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を吹きわたっています
この通りだと思っているので、わざわざイベントをする必要ある?って。
まだ物心がつく前に父親を亡くしてから自分の中の何かが欠損し、人の死に対してドライになっていることがありつつ。
でも今回のお葬式で、必要だと思った。
おばあちゃんは大往生だったこともあり、寂しいながらも悲壮感はなく、ひさしぶりに会う親戚同士が笑顔で思い出話に花を咲かせていた。
お葬式ってそういう機会なんだろう。
そのためにも悲壮感を持たせない、自他ともに納得感がある生き様と死に様にしたい。
悲壮感しかなかった父の葬儀と、それがなかった祖母の葬儀、30年の時を経て比べ、そう思う。
ではここで1曲お聴きください。
桑田佳祐で『Soulコブラツイスト~魂の悶絶』